きょうは一日、冷たい雨に降りこめられて、結局そと仕事はお休み。写真はぽかぽか暖かだった、きのうの午後のけしきです。
さの字様が「待ってます」と仰って下さいましたので、ニャンニャンの日に、日向ぼっこのチビを登場させました。

'06年の8月にうちに来たので、もう4年と少しになります。さすがお年ごろ、片肌脱ぎの左肩から胸のあたりにかけての線が「ますますイロっぽくなった」と、毎度ながら悩殺されっぱなしのsesentaです。
玄関のピンポンが鳴ると同時に、押し入れのどこかに雲隠れして、けっして姿を見せないほど、お客さまが苦手なのに、私たち二人には、ぺたぺたくっついてきます。
この夏、私が救急で入院する直前のこと、sesentaも留守で、ひとりでとつぜんの胸苦しさに耐えていたとき、ふと見るとチビが大きな目を見ひらいて、凍ったような表情でこちらを見つめていました。
そのチビの眼が、ずっと心に焼きついていましたけど、退院してきたときはとくにバンザイしてくれるでもなく、安心してぐうぐう寝てましたっけ。でも、あのときを境に、ぐんと気持が近づいたような気がします。
動物クンと暮らしたご経験がおありの皆さまは、どなたもお分かりですように、「飼っている」というのではない、フシギな気持のつながりがあるのを感じます。
sesentaと私が別べつの場所で仕事をしていると、両方に声をかけて呼び集め、ふたりでビデオなど見はじめると、安心して横で丸くなって‥というのもいつものこと。
猫ちゃんを飼う気など全くなかったわが家に、とつぜん現れたチビは、まるで「かぐや姫」のようで、なんだかまたいつか、どこかに帰ってしまいはしないかと、心配になったりするのです。
外では、切り払った庭木の枝を燃やす、ストーブの煙が色づいた木々の間を流れて、ゴロすけとベラが追っかけっこをしています。室内では、チビがまん前に陣どった石油ストーブの上で、ごろごろお野菜のスープが煮えました。
いろんな思いで、心の中まであたたかい、そんな秋の日です。