山道を行き昏れた旅人が、とある家に一夜の宿を借りたところ、その家にひとり住む若い娘に留守居をしてくれとたのまれ、座敷にある大きいたんすだけは、けっして開けてはなりませんよ、と言いおいて娘は出ていきます。
ところが旅人がいいつけに背いて、そっといちばん上の引き出しの環を引いてみると、そこには村のお正月の風景が広がっていて、小指ほどの小さな村びとが凧上げをしたり羽根つきをしたりしています。

不思議に思いながら、つぎの引き出しをあけると、そこには節分の風景が‥。そして次々に開けた引き出しのなかには、三月、四月、五月‥とその季節の風景と人々があらわれます。
私の好きな昔ばなしで「うぐいすの里」というのでしたか、たんすの引き出しの中に、小さな村があるというのが、なんというかとても絵画的で、そのシーンだけが頭にのこっています。
「見るなの座敷」という題名で語られることもあって、これは「開けてはいけない」といわれたフスマを開けると、次々に12カ月の景色があらわれるのでした。
私たちがいま住んでいる家は、ゆるやかな斜面にあって、へやの窓から、お向かいの農園が一望できます。穏やかな陽がさしている日には、遠くでクワを振るっていらっしゃる姿が、ちょうどジオラマのようで、いっとき、昔ばなしの世界に入ってしまったような気持ちになります。
ことしは2,3日前にはじめてのウグイスを聞いて、梅の花も盛り。梅見の宴というには不似合いですけど、陽射しの温かいへやで外を見ながらのお昼ごはんは、ひよこ豆のカレーでした。
鍋にサラダ油を熱し、シナモンとチリを加えて、みじん切りのタマネギを色づくまで炒めます。
香辛料(ターメリック、コリアンダー、クミン、チリ、ガラムマサラ、黒コショウ)とシヨウガ、ニンニク、ししとうのみじん切りを入れて炒め、ひよこ豆の水煮にしてあったのを煮汁ごと加え、トマトピューレとヨーグルト、塩を加えて煮ます。
赤米入りのごはんと、まるパンの一切れ、野菜スープと、茹でたほうれん草にタマネギドレッシングをかけて。このほうれん草も見えている畝から抜かせてもらって来たばかりという、ランチです。
ところで、うぐいすの里の話の結末をよく憶えていなくて、しらべてもらいましたら、見ないでという約束をやぶった旅人が、気がつけば泊まった家も田畑も消えてなくなり、うぐいすがひと声鳴いて飛び去っていくというものでした。
おだやかな暮らしも風景も、消えてなくなるというところに、人間の開けてしまった「見るなの座敷」が、いまの原子力にあたるのでないようにと祈る気持ちが、ふと湧いてきました。