2016年 04月 20日
思い出のキャベツボール |
こんなことでは‥と思いながらも、どうしてもTVのニュース画面を見続けることができません。突然の、あまりに苛酷なできごとに、ほんとうに何もできずに避難された方々の、生命をとりとめたあとにまだ続くつらいお暮らしを思うと、何もできないことがほんとうに残念でなりません。
「ブログは書けないよなあ」と、ここ何日かブログ作りのsesentaの手も止まったまま。
TVで娯楽番組の自粛などについて、お考えもさまざまあるようですけど、余震のおそれと闘いながら野宿を余儀なくされていらっしゃる方たちを思うと、それよりもなんとか一日も一時間でも早く対策を呼びかけて‥と願わずにいられません。
関門海峡を渡ったことのない私には、感覚的にとおい九州なのですけど、いつもおいしい晩柑を送ってくださる天草の農家さんには電話でお声を聞かせてもらいましたし、若いころ阿蘇の草千里へ撮影に行ったというsesentaにも大切な思い出の土地のようです。
どうぞ、たいへんな避難先での日々くれぐれもお身体に障りませんよう、お過ごし下さいますように。
こんな日々のなか、ささやかな食卓でも、ちょっとご披露するときではないなあ‥でも毎日のようにたくさんの皆さまが立ち寄って下さっているのがブログサイトのレポートからも分かって‥。
ちょうど、小鳥社さんサイトの公式アカウントで、かつて私の入院中にsesentaが書きました「じーさんのとっておき」という記事を再録して下さっていたので「これこれ、苦しいときの昔ばなし」ということになって、子供のころの食いしん坊の私を思い出してみることに。
きょうのこれは、私の母の得意料理‥というより、子だくさんでやりくりにおそらくたいへんな苦労をした母の、工夫の産物のひと皿。といっても、何のことはないきざんだキャベツを油で炒めたのがお皿にのって、それにソースをかけただけのもので、これを、母は「キャベツボール」といってましたけど、さてそのなまえの由来はナゾです。
もちろん、お肉なんてクスリにするほども手に入らない時代、ソースをかけるだけがせめてものぜいたくで、「メンチボール」のような名前をつけて、こどもの私たちに母の考えたイメージ遊びだったのでしょう。
ことあるごとに私の思い出話に出るこのメニューを、sesentaが色ガラスの幻灯のような絵にしてくれたので、私もささっとお皿に再現してみましたけど、昔のキャベツはもっと固かったような‥。思い出のからんだソース味でした。
こんなお話で恐縮ですけど、次には何が出てきますか、またご覧いただけましたらうれしいです。
「ブログは書けないよなあ」と、ここ何日かブログ作りのsesentaの手も止まったまま。
TVで娯楽番組の自粛などについて、お考えもさまざまあるようですけど、余震のおそれと闘いながら野宿を余儀なくされていらっしゃる方たちを思うと、それよりもなんとか一日も一時間でも早く対策を呼びかけて‥と願わずにいられません。
関門海峡を渡ったことのない私には、感覚的にとおい九州なのですけど、いつもおいしい晩柑を送ってくださる天草の農家さんには電話でお声を聞かせてもらいましたし、若いころ阿蘇の草千里へ撮影に行ったというsesentaにも大切な思い出の土地のようです。どうぞ、たいへんな避難先での日々くれぐれもお身体に障りませんよう、お過ごし下さいますように。
こんな日々のなか、ささやかな食卓でも、ちょっとご披露するときではないなあ‥でも毎日のようにたくさんの皆さまが立ち寄って下さっているのがブログサイトのレポートからも分かって‥。
ちょうど、小鳥社さんサイトの公式アカウントで、かつて私の入院中にsesentaが書きました「じーさんのとっておき」という記事を再録して下さっていたので「これこれ、苦しいときの昔ばなし」ということになって、子供のころの食いしん坊の私を思い出してみることに。
きょうのこれは、私の母の得意料理‥というより、子だくさんでやりくりにおそらくたいへんな苦労をした母の、工夫の産物のひと皿。といっても、何のことはないきざんだキャベツを油で炒めたのがお皿にのって、それにソースをかけただけのもので、これを、母は「キャベツボール」といってましたけど、さてそのなまえの由来はナゾです。
もちろん、お肉なんてクスリにするほども手に入らない時代、ソースをかけるだけがせめてものぜいたくで、「メンチボール」のような名前をつけて、こどもの私たちに母の考えたイメージ遊びだったのでしょう。
ことあるごとに私の思い出話に出るこのメニューを、sesentaが色ガラスの幻灯のような絵にしてくれたので、私もささっとお皿に再現してみましたけど、昔のキャベツはもっと固かったような‥。思い出のからんだソース味でした。
こんなお話で恐縮ですけど、次には何が出てきますか、またご覧いただけましたらうれしいです。
by sesenta
| 2016-04-20 10:59
|
Comments(8)
おふたりの,いつもの暖かいお気持ちがふわふわしてるこちらのブログ・・・
被災されている方々が,スマホやi Phoneを観るお時間や,気持ちの余裕のない
状況だとも思うのですが,もし何日かして観ることが出来るようになるのなら
いつもこちらに来ていらっしゃる方達のお心が,癒されますように・・・
どうぞまたアップしていただきたいです (u_u)
私達も,離れた場所にいても,今出来ることを探してやりたいと思います。
被災されている方々が,スマホやi Phoneを観るお時間や,気持ちの余裕のない
状況だとも思うのですが,もし何日かして観ることが出来るようになるのなら
いつもこちらに来ていらっしゃる方達のお心が,癒されますように・・・
どうぞまたアップしていただきたいです (u_u)
私達も,離れた場所にいても,今出来ることを探してやりたいと思います。
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私の嫁ぎ先で、大きく切ったキャベツを油で炒めていました
小皿にとって、ソースをつけながら食べていました
ちょっとだけ違う食べ方ですが、昔を思い出してしまいました
今はもう作っていません。懐かしいな、と思いました
小皿にとって、ソースをつけながら食べていました
ちょっとだけ違う食べ方ですが、昔を思い出してしまいました
今はもう作っていません。懐かしいな、と思いました
お水や食料に困っていらっしゃる方たちのことを思うと、日常を普通に過ごすことが申し訳ない気持ちになります。
ほんの1週間前は被災者でもなんでもなかったんですから。そして明日は我が身とも思います。
温かなイラストに癒されました。炒めるだけでおいしいキャベツ、食べたくなりました。大人になっても好物なのは、風景も合わせて記憶に刻まれているからでしょうね。
ほんの1週間前は被災者でもなんでもなかったんですから。そして明日は我が身とも思います。
温かなイラストに癒されました。炒めるだけでおいしいキャベツ、食べたくなりました。大人になっても好物なのは、風景も合わせて記憶に刻まれているからでしょうね。
いつも楽しく拝見しております。九州の皆様には大変な苦難の時間だと思います。祈るしかできないのがもどかしいです。
さて、キャベツボールですが、池波正太郎先生の「むかしの味」「食卓の情景」という本に、昭和初期の東京下町の屋台の「どんどん焼き」というのが出てくるのですが、
そのどんどん焼きやさんのメニューの中に「キャベツボール」そして池波先生の発案の「ポテトボール」というのが出てきます。
キャベツボールはキャベツと揚げ玉を炒めてソースをかけたもの、ポテトボールは茹でたジャガイモをさいの目に切ったものとキャベツを炒めたものです。
もしかしたらお母さまの思い出の味なのかもしれないな、と思いましてコメントさせていただきました。
季節の変わり目でおかしな天気も続きます。おふたりともどうぞお身体ご自愛くださいませ。
さて、キャベツボールですが、池波正太郎先生の「むかしの味」「食卓の情景」という本に、昭和初期の東京下町の屋台の「どんどん焼き」というのが出てくるのですが、
そのどんどん焼きやさんのメニューの中に「キャベツボール」そして池波先生の発案の「ポテトボール」というのが出てきます。
キャベツボールはキャベツと揚げ玉を炒めてソースをかけたもの、ポテトボールは茹でたジャガイモをさいの目に切ったものとキャベツを炒めたものです。
もしかしたらお母さまの思い出の味なのかもしれないな、と思いましてコメントさせていただきました。
季節の変わり目でおかしな天気も続きます。おふたりともどうぞお身体ご自愛くださいませ。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
「sesentaさん、cincoさん、おはようございます」
阪神・淡路の地震を経験したものでさえ、熊本・大分の地震の余震の多さに驚いています。被災された方は、不安な日々をおくられていることと思います。私も呑気なブログを書いていることが、申し訳ない気がしています。ライフラインも少しずつ復旧しているというニュースに、救われる思いです。
キャベツボール、お母さまの愛情が感じられるひと皿。
食べ物の少ない時代に工夫しながら子育てされていたんですね?
懐かしいようないいお話です!!
阪神・淡路の地震を経験したものでさえ、熊本・大分の地震の余震の多さに驚いています。被災された方は、不安な日々をおくられていることと思います。私も呑気なブログを書いていることが、申し訳ない気がしています。ライフラインも少しずつ復旧しているというニュースに、救われる思いです。
キャベツボール、お母さまの愛情が感じられるひと皿。
食べ物の少ない時代に工夫しながら子育てされていたんですね?
懐かしいようないいお話です!!
熊本・大分の地震、ただただびっくり・・・と、正直怖いです。阪神・淡路の震災の時、駅で見たテレビの画面に、火の手を上げて燃える町が写っていたのを思い出します。
キャベツボール、炒めキャベツにソースって合うんですよね(^ ω ^)
キャベツボール、炒めキャベツにソースって合うんですよね(^ ω ^)
イタリアのママンたちは戦争当時、安く手に入る小麦粉でひたすらパスタやマカロニを作り、空腹を満たす努力をしたという話を思い出しました。
同じく母国の震災の状況に心が痛む思いです、避難された方たちに必要である支援は何であるか、今一度考えたい気持ちでおります。
同じく母国の震災の状況に心が痛む思いです、避難された方たちに必要である支援は何であるか、今一度考えたい気持ちでおります。












